衆議院本会議
第156回国会 衆議院本会議
平成15年5月29日
国会等の移転に関する特別委員長の同委員会における調査の中間報告
○議長(綿貫民輔君)
国会等の移転に関する特別委員長から、同委員会における調査の中間報告をいたしたいとの申し出があります。これを許します。国会等の移転に関する特別委員長中井洽君。
〔中井洽君登壇〕
○中井洽君
国会等の移転に関する特別委員会における調査の経過につきまして、昨日、委員会で議決し、議長に提出しました「国会等の移転に関する中間報告書」に基づき、御報告申し上げます。
本委員会は、議会開設百年に当たる平成二年十一月、衆参両院本会議において「国会等の移転に関する決議」が行われたことを受け、平成三年八月、国会等の移転に関する調査を行うため設置されたものです。
まず、本委員会の設置に至る経緯について申し上げます。
国会等の移転問題は、高度成長期における東京への人口集中の弊害が顕在化してきたことから、昭和三十年代より多くの提言がなされ、昭和五十年代には、東京の過密にとどまらず、我が国全体の状況を踏まえて、国土利用の再編という視点からの議論も加わり、昭和五十二年十一月に閣議決定された第三次全国総合開発計画や、昭和六十二年六月に閣議決定された第四次全国総合開発計画にも位置づけられました。
昭和六十年代に入って、さらに東京圏の異常な地価高騰の背景として東京一極集中が指摘され、また、これに伴う大規模災害時における危険の増大等の問題もあり、多くの移転論が提案されてきたところであります。
こうした東京一極集中批判や移転論の高まりを受けて、平成二年、衆参両院において「国会等の移転に関する決議」が行われ、本委員会の設置に至ったものであります。
次に、本委員会の審査経緯について申し上げます。
委員会におきましては、設置以来、昨日までで、委員会を百四十六回開催し、五十回、延べ九十五人の参考人からの賛否両論の意見聴取と質疑、八回の政府に対する質疑、四回の自由討議、一回の全委員からの発言、二回の海外派遣、七回の委員派遣及び八回の視察等を行い、国会等の移転の意義・効果、国民の合意形成、移転費用、社会経済情勢の変化、外国における首都機能移転の実情や候補地等の状況、東京都との比較考量等について、国会等の移転に関する法律の理念にのっとり、幅広い検討を行ってきたところであります。
そこで、昨二十八日、本委員会として、十二年間に及ぶ委員会の議論を取りまとめた中間報告書を作成・決定し、議長に提出した次第です。
次に、十二年間の委員会での主な流れを簡単に申し上げます。
平成四年には、国会等の移転の理念や国会等移転調査会の設置等を内容とする国会等の移転に関する法律を議員立法により制定いたしました。
特に平成七年の阪神・淡路大震災の際には、全国的な災害対応力の強化の観点から、国会等の移転によるリスク分散の必要性が強く認識されたところです。
その後、国会議員も加わり、同調査会が、二年九カ月の審議を経て、平成七年十二月、移転先候補地の選定基準、移転の対象となる首都機能の範囲等についての「国会等移転調査会報告」をまとめ、内閣総理大臣に提出しました。
平成八年には、移転先候補地を選定するための国会等移転審議会の設置や移転に関する決定等について定めた同法律の改正を議員立法により行いました。
この間、本委員会としては、参考人からの意見聴取・質疑を中心に検討を行いました。
委員会における主な議論としては、
国会等の移転は、社会に広まっている閉塞感を一掃する大きな引き金となること、
国会等の移転は、行財政改革、規制緩和、地方分権、多極分散型国土形成の大きな動機づけとなること、
東京圏の地震等の大規模災害に対する脆弱性を克服することが国会等の移転の重要かつ緊急を要する理由であること、
東京一極集中の弊害を除去するため国会等の移転が必要であること、
一括移転ではなく、分散型にすることにより、移転経費も安く、地方分権等にもつながる可能性があること、
国会等の移転によっても東京一極集中は解決せず、必要なのは多極分散型国土づくりの実現と中央集権的行財政システムの改革であること
など、移転の意義・効果等に関する意見が多く見受けられたところであります。
この間、国会等移転審議会は、約三年間の検討を経て、平成十一年十二月、「移転先候補地として、北東地域の「栃木・福島地域」又は東海地域の「岐阜・愛知地域」を選定する。」「「三重・畿央地域」は、他の地域にはない特徴を有しており、将来新たな高速交通網等が整備されることになれば、移転先候補地となる可能性がある。」との答申を行いました。
同答申を受け、委員会の理事懇談会において、栃木・福島地域、岐阜・愛知地域及び三重・畿央地域の三地域が候補地であることを確認し、その上で、三候補地から一カ所に絞り込むため、委員会はさまざまな角度から検討を行ってまいりました。
また、平成十二年五月には、本委員会において、二年を目途に三候補地を一カ所に絞り込む旨の「国会等の移転に関する決議」を行いました。
同決議を踏まえ、平成十三年には、国民への理解を深め、広く国民の意見を聞く一環として、本委員会ホームページを開設するとともに、同ホームページの「意見募集」への応募者の中から八人を参考人として招致し、質疑を行っております。
また、東京都との比較考量の一環として、東京都庁等の視察を行うとともに、東京都知事及び三候補地関係知事を重ねて参考人として招致し、質疑を行いました。
この間、三候補地に再度委員派遣を行っております。
その後、平成十四年三月には、理事会協議に基づき、絞り込み作業を円滑に進めるため、各省庁に対し、国会等の移転の対象となる行政機関等に関する資料提出要求を行っております。
また、委員会決議を踏まえて、絞り込みの方法等について理事間で精力的に協議を重ねるとともに、五月三十一日の委員会では、全委員から、移転先候補地及び絞り込み方法等についての発言が行われました。その中では、圧倒的多数が移転を推進すべしとの意見を述べ、また、審議会の答申どおり実施すべきという強い意見も出されました。
結局、委員会として、意見を集約するに至りませんでした。
こうした状況を踏まえて、同年七月の理事会において、「委員会のあり方等についての要請に関する申合せ」を行いました。
この申合せを受けて、コンセプトの見直しを行うため、委員会の議決により、衆議院調査局長に対し、国会等の移転の規模及び形態等の見直しに関する予備的調査が命じられ、予備的調査報告書は、同年十月に、本委員会に提出されました。
前国会においては、理事会申合せに基づき、分散移転の形態や移転規模の縮小など移転コンセプトの見直しについて、自由討議、政府質疑、参考人質疑を通じて論議を進めてまいりました。
また、今国会においては、理事会申合せを受け、委員会委員の員数が二十五人から三十五人に増加され、新たな視点から参考人質疑を行い、移転審議会当時の経緯、分散移転など移転コンセプトの見直しに関する具体的アイデア等について論議を行いました。
この間の委員会における主な議論としては、
国会等の移転は公共事業としてとらえられるべきではなく、国家的文化事業であり、時代精神を転換することが最大の眼目であること、
危機管理の観点から、政治の中枢と経済の中枢が同時被災することは回避する必要があること、
従来の一括移転ではなく、分散移転の形態が望ましいこと、
PFI、不動産証券化等の手法を活用して公的負担を軽減すべきであること、
新都市は、最先端の技術、システムを導入した環境共生都市、福祉型都市として構築し、国内、世界への波及を考えたモデル都市とすべきであること、
現代文明の中で集積・集中は必然的であり、財産であること
などでありました。
特に、地域の特色に合わせて国会等を三地域に分散するなど、分散移転の形態がこれからの国のあり方を考える上で重要であるとの議論が行われてきました。
平成十四年七月の理事会申合せ以降は、直ちに国会等の移転を決すべきとの意見もありましたが、審議会答申以降の社会経済情勢の変化を十分に踏まえ、移転の規模・形態や実施のタイミング、移転の手法などについて、新たな観点からさらに議論を続けるべきであるとの方向でありました。この中で、特に、審議会答申を基本とした上で、国会等を分散して移転すべきとの新たな発想が示されたところであります。
以上が、十二年に及ぶ経過や議論の主なものであります。
それぞれの詳細につきましては、本中間報告書及び委員会議録を御参照ください。
過去十二年にわたる議論を通じ、一部会派及び一部の委員には、移転に慎重な意見もありましたが、委員会の大半の意見は、終始一貫して、国会等の移転の意義・重要性を強く訴え、「移転を実現すべし」とするものでありました。
国会等の移転問題は、衆参両院が軌を一にして超党派で取り組むべき課題であり、今後、本委員会の中間報告を踏まえつつ、両院の密接な連携のもとに、党派を超えて検討を進め、結論を得られるよう要請するものであります。
最後に、本特別委員会の委員各位の真摯な議論の積み重ねにより中間報告書の取りまとめができましたことに心から感謝申し上げますとともに、御意見をいただいた参考人の方々や御協力をいただいた関係地方公共団体の皆様に対し、委員会を代表して、この機会に深く感謝を申し上げ、御報告といたします。
本委員会は、議会開設百年に当たる平成二年十一月、衆参両院本会議において「国会等の移転に関する決議」が行われたことを受け、平成三年八月、国会等の移転に関する調査を行うため設置されたものです。
まず、本委員会の設置に至る経緯について申し上げます。
国会等の移転問題は、高度成長期における東京への人口集中の弊害が顕在化してきたことから、昭和三十年代より多くの提言がなされ、昭和五十年代には、東京の過密にとどまらず、我が国全体の状況を踏まえて、国土利用の再編という視点からの議論も加わり、昭和五十二年十一月に閣議決定された第三次全国総合開発計画や、昭和六十二年六月に閣議決定された第四次全国総合開発計画にも位置づけられました。
昭和六十年代に入って、さらに東京圏の異常な地価高騰の背景として東京一極集中が指摘され、また、これに伴う大規模災害時における危険の増大等の問題もあり、多くの移転論が提案されてきたところであります。
こうした東京一極集中批判や移転論の高まりを受けて、平成二年、衆参両院において「国会等の移転に関する決議」が行われ、本委員会の設置に至ったものであります。
次に、本委員会の審査経緯について申し上げます。
委員会におきましては、設置以来、昨日までで、委員会を百四十六回開催し、五十回、延べ九十五人の参考人からの賛否両論の意見聴取と質疑、八回の政府に対する質疑、四回の自由討議、一回の全委員からの発言、二回の海外派遣、七回の委員派遣及び八回の視察等を行い、国会等の移転の意義・効果、国民の合意形成、移転費用、社会経済情勢の変化、外国における首都機能移転の実情や候補地等の状況、東京都との比較考量等について、国会等の移転に関する法律の理念にのっとり、幅広い検討を行ってきたところであります。
そこで、昨二十八日、本委員会として、十二年間に及ぶ委員会の議論を取りまとめた中間報告書を作成・決定し、議長に提出した次第です。
次に、十二年間の委員会での主な流れを簡単に申し上げます。
平成四年には、国会等の移転の理念や国会等移転調査会の設置等を内容とする国会等の移転に関する法律を議員立法により制定いたしました。
特に平成七年の阪神・淡路大震災の際には、全国的な災害対応力の強化の観点から、国会等の移転によるリスク分散の必要性が強く認識されたところです。
その後、国会議員も加わり、同調査会が、二年九カ月の審議を経て、平成七年十二月、移転先候補地の選定基準、移転の対象となる首都機能の範囲等についての「国会等移転調査会報告」をまとめ、内閣総理大臣に提出しました。
平成八年には、移転先候補地を選定するための国会等移転審議会の設置や移転に関する決定等について定めた同法律の改正を議員立法により行いました。
この間、本委員会としては、参考人からの意見聴取・質疑を中心に検討を行いました。
委員会における主な議論としては、
国会等の移転は、社会に広まっている閉塞感を一掃する大きな引き金となること、
国会等の移転は、行財政改革、規制緩和、地方分権、多極分散型国土形成の大きな動機づけとなること、
東京圏の地震等の大規模災害に対する脆弱性を克服することが国会等の移転の重要かつ緊急を要する理由であること、
東京一極集中の弊害を除去するため国会等の移転が必要であること、
一括移転ではなく、分散型にすることにより、移転経費も安く、地方分権等にもつながる可能性があること、
国会等の移転によっても東京一極集中は解決せず、必要なのは多極分散型国土づくりの実現と中央集権的行財政システムの改革であること
など、移転の意義・効果等に関する意見が多く見受けられたところであります。
この間、国会等移転審議会は、約三年間の検討を経て、平成十一年十二月、「移転先候補地として、北東地域の「栃木・福島地域」又は東海地域の「岐阜・愛知地域」を選定する。」「「三重・畿央地域」は、他の地域にはない特徴を有しており、将来新たな高速交通網等が整備されることになれば、移転先候補地となる可能性がある。」との答申を行いました。
同答申を受け、委員会の理事懇談会において、栃木・福島地域、岐阜・愛知地域及び三重・畿央地域の三地域が候補地であることを確認し、その上で、三候補地から一カ所に絞り込むため、委員会はさまざまな角度から検討を行ってまいりました。
また、平成十二年五月には、本委員会において、二年を目途に三候補地を一カ所に絞り込む旨の「国会等の移転に関する決議」を行いました。
同決議を踏まえ、平成十三年には、国民への理解を深め、広く国民の意見を聞く一環として、本委員会ホームページを開設するとともに、同ホームページの「意見募集」への応募者の中から八人を参考人として招致し、質疑を行っております。
また、東京都との比較考量の一環として、東京都庁等の視察を行うとともに、東京都知事及び三候補地関係知事を重ねて参考人として招致し、質疑を行いました。
この間、三候補地に再度委員派遣を行っております。
その後、平成十四年三月には、理事会協議に基づき、絞り込み作業を円滑に進めるため、各省庁に対し、国会等の移転の対象となる行政機関等に関する資料提出要求を行っております。
また、委員会決議を踏まえて、絞り込みの方法等について理事間で精力的に協議を重ねるとともに、五月三十一日の委員会では、全委員から、移転先候補地及び絞り込み方法等についての発言が行われました。その中では、圧倒的多数が移転を推進すべしとの意見を述べ、また、審議会の答申どおり実施すべきという強い意見も出されました。
結局、委員会として、意見を集約するに至りませんでした。
こうした状況を踏まえて、同年七月の理事会において、「委員会のあり方等についての要請に関する申合せ」を行いました。
この申合せを受けて、コンセプトの見直しを行うため、委員会の議決により、衆議院調査局長に対し、国会等の移転の規模及び形態等の見直しに関する予備的調査が命じられ、予備的調査報告書は、同年十月に、本委員会に提出されました。
前国会においては、理事会申合せに基づき、分散移転の形態や移転規模の縮小など移転コンセプトの見直しについて、自由討議、政府質疑、参考人質疑を通じて論議を進めてまいりました。
また、今国会においては、理事会申合せを受け、委員会委員の員数が二十五人から三十五人に増加され、新たな視点から参考人質疑を行い、移転審議会当時の経緯、分散移転など移転コンセプトの見直しに関する具体的アイデア等について論議を行いました。
この間の委員会における主な議論としては、
国会等の移転は公共事業としてとらえられるべきではなく、国家的文化事業であり、時代精神を転換することが最大の眼目であること、
危機管理の観点から、政治の中枢と経済の中枢が同時被災することは回避する必要があること、
従来の一括移転ではなく、分散移転の形態が望ましいこと、
PFI、不動産証券化等の手法を活用して公的負担を軽減すべきであること、
新都市は、最先端の技術、システムを導入した環境共生都市、福祉型都市として構築し、国内、世界への波及を考えたモデル都市とすべきであること、
現代文明の中で集積・集中は必然的であり、財産であること
などでありました。
特に、地域の特色に合わせて国会等を三地域に分散するなど、分散移転の形態がこれからの国のあり方を考える上で重要であるとの議論が行われてきました。
平成十四年七月の理事会申合せ以降は、直ちに国会等の移転を決すべきとの意見もありましたが、審議会答申以降の社会経済情勢の変化を十分に踏まえ、移転の規模・形態や実施のタイミング、移転の手法などについて、新たな観点からさらに議論を続けるべきであるとの方向でありました。この中で、特に、審議会答申を基本とした上で、国会等を分散して移転すべきとの新たな発想が示されたところであります。
以上が、十二年に及ぶ経過や議論の主なものであります。
それぞれの詳細につきましては、本中間報告書及び委員会議録を御参照ください。
過去十二年にわたる議論を通じ、一部会派及び一部の委員には、移転に慎重な意見もありましたが、委員会の大半の意見は、終始一貫して、国会等の移転の意義・重要性を強く訴え、「移転を実現すべし」とするものでありました。
国会等の移転問題は、衆参両院が軌を一にして超党派で取り組むべき課題であり、今後、本委員会の中間報告を踏まえつつ、両院の密接な連携のもとに、党派を超えて検討を進め、結論を得られるよう要請するものであります。
最後に、本特別委員会の委員各位の真摯な議論の積み重ねにより中間報告書の取りまとめができましたことに心から感謝申し上げますとともに、御意見をいただいた参考人の方々や御協力をいただいた関係地方公共団体の皆様に対し、委員会を代表して、この機会に深く感謝を申し上げ、御報告といたします。
〔拍手〕
○議長(綿貫民輔君)
本日は、これにて散会いたします。
午後一時二十四分散会