衆議院本会議
第162回国会 衆議院本会議
平成17年5月17日
午後一時二分開議
○議長(河野洋平君)
これより会議を開きます。
永年在職議員の表彰の件
○議長(河野洋平君)
お諮りいたします。
本院議員として在職二十五年に達せられました中井洽君に対し、先例により、院議をもってその功労を表彰いたしたいと存じます。
表彰文は議長に一任されたいと存じます。これに御異議ありませんか。
本院議員として在職二十五年に達せられました中井洽君に対し、先例により、院議をもってその功労を表彰いたしたいと存じます。
表彰文は議長に一任されたいと存じます。これに御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(河野洋平君)
御異議なしと認めます。よって、そのとおり決まりました。
表彰文を朗読いたします。
議員中井洽君は衆議院議員に当選すること九回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
表彰文を朗読いたします。
議員中井洽君は衆議院議員に当選すること九回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
〔拍手〕
この贈呈方は議長において取り計らいます。
○議長(河野洋平君)
この際、中井洽君から発言を求められております。これを許します。中井洽君。
〔中井洽君登壇〕
○中井洽君
ただいま、院議をもちまして在職二十五年の表彰をいただきました。感激にたえません。
長年にわたる郷土三重の皆様や先輩、友人の皆様方の御支援と、国会の先輩、同僚議員の御指導のおかげと、心より厚く御礼申し上げます。(拍手)
私の選挙区は、旧三重一区、新三重一区であります。住居は伊賀市にあります。昨年の合併前までは、人口六万人の城下町です。ここには、三代目自民党の衆議院議員と、昨年引退された二代目の自民党参議院議員が本拠地を構えられております。その中で私の父親は社会党、私は、民社党、新進党、自由党、民主党と歩んでまいりました。(拍手)当選九回、落選一回、それぞれの選挙や日常活動は、筆舌に尽くせぬ悪戦苦闘の連続でありました。
組織も金もなく、ただ政権交代可能な政治体制をつくると訴えるだけの私を、党派を超えて支援し続けていただいている選挙区の皆様方に改めて御礼を申し上げますとともに、今日の栄誉も見ず死去した妻や、家族、親族にも改めて感謝の意を表します。(拍手)
初当選は、昭和五十一年、三十四歳のときでした。ロッキード事件の後の選挙で、金権政治批判、政権交代のない日本政治の欠陥等が問われた選挙でした。今日の国政でも同様のことが論じ続けられることを考えると、自分自身の力のなさを反省せざるを得ません。
二十五年間の国政活動の中で、一番の思い出は細川内閣の成立です。首班指名投票で、自分自身の記した名前が初めて総理大臣に当選したときの感激を忘れることはできません。(拍手)
私は、その細川内閣で商工委員長、そして羽田内閣の途中から法務大臣と、かつての野党では考えられもしなかったポストを経験させていただきました。それぞれのときの使命感と緊張感は、野党時代とは全く別のものだと実感をいたしました。その中から、野党でも何の違和感もなく日本のかじ取りができるとの自信の裏づけができたことも事実でありました。(拍手)また、当時の与野党の緊迫感も、それまで経験したことのないほどのものでした。
その中から、小選挙区制の導入やその後の諸政治改革や政治資金規正改革が少しずつ実現し、国政や国会も変革を遂げつつあります。やはり、民主主義の政治体制にとって、政権交代が一番大事な機能だと言わざるを得ません。(拍手)これからも初心忘れず、情熱を燃やし、信念を矜持し続け、選挙による政権交代実現を目指し頑張る決意です。
同僚議員の皆さん方の今後ともの一層の御指導をお願いし、お礼の言葉といたします。
ありがとうございました。(拍手)
長年にわたる郷土三重の皆様や先輩、友人の皆様方の御支援と、国会の先輩、同僚議員の御指導のおかげと、心より厚く御礼申し上げます。(拍手)
私の選挙区は、旧三重一区、新三重一区であります。住居は伊賀市にあります。昨年の合併前までは、人口六万人の城下町です。ここには、三代目自民党の衆議院議員と、昨年引退された二代目の自民党参議院議員が本拠地を構えられております。その中で私の父親は社会党、私は、民社党、新進党、自由党、民主党と歩んでまいりました。(拍手)当選九回、落選一回、それぞれの選挙や日常活動は、筆舌に尽くせぬ悪戦苦闘の連続でありました。
組織も金もなく、ただ政権交代可能な政治体制をつくると訴えるだけの私を、党派を超えて支援し続けていただいている選挙区の皆様方に改めて御礼を申し上げますとともに、今日の栄誉も見ず死去した妻や、家族、親族にも改めて感謝の意を表します。(拍手)
初当選は、昭和五十一年、三十四歳のときでした。ロッキード事件の後の選挙で、金権政治批判、政権交代のない日本政治の欠陥等が問われた選挙でした。今日の国政でも同様のことが論じ続けられることを考えると、自分自身の力のなさを反省せざるを得ません。
二十五年間の国政活動の中で、一番の思い出は細川内閣の成立です。首班指名投票で、自分自身の記した名前が初めて総理大臣に当選したときの感激を忘れることはできません。(拍手)
私は、その細川内閣で商工委員長、そして羽田内閣の途中から法務大臣と、かつての野党では考えられもしなかったポストを経験させていただきました。それぞれのときの使命感と緊張感は、野党時代とは全く別のものだと実感をいたしました。その中から、野党でも何の違和感もなく日本のかじ取りができるとの自信の裏づけができたことも事実でありました。(拍手)また、当時の与野党の緊迫感も、それまで経験したことのないほどのものでした。
その中から、小選挙区制の導入やその後の諸政治改革や政治資金規正改革が少しずつ実現し、国政や国会も変革を遂げつつあります。やはり、民主主義の政治体制にとって、政権交代が一番大事な機能だと言わざるを得ません。(拍手)これからも初心忘れず、情熱を燃やし、信念を矜持し続け、選挙による政権交代実現を目指し頑張る決意です。
同僚議員の皆さん方の今後ともの一層の御指導をお願いし、お礼の言葉といたします。
ありがとうございました。(拍手)