私の日記

2006年06月の日記

29日、朝から四日市へ
2006年06月30日

 小選挙区になって四日市は、三重2区と三重3区に別れてしまったが、旧1区では、最大の票田で私も多くの御支援を頂いていた。今でも四日市から三重1区の選挙に暖かい御支援を頂いている。1年に一度か二度挨拶回りを今もしている。今日は十数社の会社や個人をお訪ねし、色々なお話をし、また陳情等も受けた。
 夜、都ホテルで中森慎二議員の四日市市議会議長就任パーティーに出席した。四日市市長や民主党の衆参議員をはじめ多数の方が参加され非常に盛大だった。私も簡単な御挨拶を述べた。
 彼は平成3年、32歳で中部電力労働組合から民社党公認として初当選した。当時私は民社党選対委員長で、地元三重県でも地方議員を増やすべく田中県会議員や森野上野市会議員にも出馬してもらった。中森・田中両氏は4期目で、田中県議は5月まで三重県会議長を務めた。
 森野広栄さんは民社党三重県で初の女性候補で、現在5期連続当選をしている。上野市が合併して伊賀市となったので、最近5期目の選挙を戦ったばかりだ。当時から今日までの激しい選挙の数々を思い浮かべて感慨深かった。また、四日市の市長さんに昼間聞いた陳情等をお願いした。
 
 最終で上京した。昼間民主党国対の委員長代理の平野議員から7月10日から19日まで、アメリカ・ブラジルへ視察に行けとの連絡を受けた。明日は旅行の準備と、この間の諸行事のキャンセル等で大忙しになる。そんなことを新幹線の中で考えながら深夜宿舎に帰った。


暑い一日、大阪から郷里へ
2006年06月28日

 前夜は大阪泊。
 朝からホテルへ郷里伊賀出身のT君が迎えに来てくれる。大阪で、選挙等お世話になっている労働組合や会社関係を訪問する。選挙区の伊賀市や名張市は、大阪への通勤圏でもあり、大阪の企業や団体には選挙のたびに通勤者や出身者にお声がけをお願いしている。
 久しぶりの大阪で、やはり話題は小沢民主党の現状、あるいは来年の参議院議員選挙へ向けての見通しや、日銀総裁の出処進退等の話が多かった。村上ファンドの中身等、知っていることを少し申し上げた。皆さんは、村上氏が灘高出身であり、阪神、阪急の統合もあって非常に興味深げだった。
 8月の名張市議選や、10月の大阪9区の衆議院補欠選挙(大谷前衆議院議員が民主党の候補者)についてもお願いをした。
 夕刻、近鉄電車で郷里に戻り、6時半から地方選挙へ向けての会合に出て、暑い一日を終えた。


元気で飛び歩いているが、若いときに比べ・・・
2006年06月26日

 先週金曜日の夕刻より選挙区へ帰る。土曜、日曜、各種会合や挨拶回りで過ごす。
 今朝5時起き。6時半より名張駅東口で高橋参議院議員と街頭から通勤の皆さんに簡単な国会報告を行う。所謂朝立ちである。県会議員の北川君、市会議員の柳生君、元市会議員の川合君も一緒に土砂降りの雨の中1時間立ってくれた。
 8時頃から名張市の後援会長さんはじめ、市長さんや商工会議所の会頭等に御挨拶にうかがう。
 12時名張事務所に立ち寄り12時半の近鉄電車で上京。名張から名古屋まで約1時間半、名古屋から新幹線で1時間45分、東京との行き帰りに時間がかかるが、この間が一番体の休まる時間かもしれない。本を読むか、寝るか、考え事をするか、いずれにしろ3時間半あまりを過ごし、選挙区モードから東京モードへ頭を切り換え、4時半過ぎ会館に入る。
 面会客2組と夜の会食を済まし、明日は三重県で会合1つと大阪での会食の予定。
 元気で飛び歩いているが、若いときに比べいささか疲れがとれるのに時間がかかるのが残念だ。  


結婚式と偲ぶ会
2006年06月20日

 17日土曜日東京で、元衆議院議員神田厚さんの次女の結婚式に出席した。
 神田さんは、旧民社党の議員で私と昭和51年初当選で一緒になって以来、羽田内閣で、彼は防衛庁長官、私は法務大臣を共に務めるなど、本当に仲良く厳しい政治状況の中で頑張ってきた仲間だ。新進党解党の時、私は自由党、彼は友愛から民主党へと別れたが、友情は変わらず今日まで続いてきた。
 その後、彼は身体をこわし政界から勇退した。結婚式に車椅子で出席をしていたが、本当に嬉しそうで私も心から喜んだ。羽田元総理や民主党の栃木の仲間も出席したが、お相手は何と自民党の中野区議会議員、仲人は自民党の衆議院議員という、呉越同舟の盛大な結婚式だった。
 新郎は来年が改選だそうだ。去年の6月は都議会選挙があり、私の秘書の吉田君が都議選に中野から出馬し、見事当選をしたことを懐かしく思い出し、スピーチでも申し上げた。神田さんのご健康とお二人のお幸せを祈ります。

 19日、夕刻から関嘉彦先生を偲ぶ会が都内で行われた。
 享年94歳、最近までお元気で旧民社系の理論面での泰斗で、私もご指導をいただいてきた。
 昭和58年参議院選挙の制度が変わって、全国区の選挙が比例代表制、党名を書く選挙になった。その時に民社党の名簿第一位は関先生であった。旧民社党の国会議員、元議員をはじめ関係者の懐かしい方々が沢山お集まりになられて非常にいい偲ぶ会であった。櫻井よし子さん、屋山太郎さん、佐々淳行さん等評論家も御出席いただいて、いろんな思い出話を交わすことが出来た。ご冥福を心からお祈りします。


名張市桔梗が丘駅前で早朝街頭演説
2006年06月13日

 12日、久しぶりに名張市桔梗が丘駅前で早朝街頭演説を行った。来年改選を迎える高橋千秋参議院議員や県会議員北川君、8月に行われる市議選に、民主党公認、推薦で戦う予定の柳生、永岡、川合君らも一緒してくれた。
 地元選挙区の伊賀市、津市が合併にともない既に首長・市議選挙を終えている。また名張市議選は8月の暑い盛りに行われる。従って、来年4月の統一地方選挙は三重一区では、知事選と県会選挙だけだ。県議選は現職もいるが新しい候補者も立てて、三重県議会で過半数が獲得できるようにしようというのが、民主党三重県連の決定だ。

 早朝街頭のあと、伊賀市で二軒戸別訪問、そして伊賀神戸駅から東京へ向かう。
 駅で神戸地区の数人が礼服でおられたので、お目出たですかと聞いたところ、伊勢神宮へ鮎を奉納に行くところだとのこと。この神戸地区は古来より伊勢神宮の御領地で神戸という名がついている。お伊勢さんの田植えと稲刈りを今も綿々と地区が奉仕をしている。鮎のことは初めて聞いたが、伝統を守り続けるということは大切で大変なことだと、改めて感じた。

 1時、拉致対策特別委員会に出席。民主、自民公明でまとめた、北朝鮮人権法を採決した。これで明日の衆議院本会議で成立させ参議院へ送付して、今国会で無事成立することになった。
 横田さんをはじめとする家族の会や、関係の皆様から、なんとしても成立を、と強いご要望もあっただけに、お役に立ててよかったと思う。
 夕刻、党本部で小沢代表と久しぶりに面談した。ゆっくり会うのは代表選以来久しぶりだ。元気そうで安堵する。参議院の候補者擁立や発掘に全国を跳び回っている。来年7月まで長丁場。今のニュー小沢路線を走り続けるため、私も頑張らなければならないと改めて思った。


昨日教育基本法特別委員会で、1時間にわたって質問
2006年06月09日

 昨日教育基本法特別委員会で、1時間にわたって政府案と民主党案に質問をした。昨年の今頃は郵政民営化特別委員会で、筆頭理事として修羅場の中で走りまわっていたことを懐かしく想い浮かべた。
 教育問題は多岐にわたるだけに、質問の項目や順序に苦労した。国会における教育問題の議論や討論は、必ずその議員の学生時代の経験談が出てくる。昨日の質問はそういう思い出に浸らず、かなり的確で問題指摘ができた質問になったと一安心。ただ小坂文部科学大臣の答弁が、役所の書いた無意味乾燥なものに終始したのは残念だった。
 国会の日程上、特別委員会の質疑は昨日で終わった。十分な論議をつくすと言い続けた民主党は、採決を見送らせたことに大きな成果があったと考えている。両案を廃案にして国会に教育改革の調査会をつくり論議を深めるべきだと考えている。

 昨日は委員会の間に、党の拉致対策本部長として北朝鮮人権擁護法の与野党折衝を繰り返した。最終夜10時に逢沢自民党拉致対策本部長と会談、最後の折衝をおこなった。今朝返事があればそれを受け国会で法案を成立させたい。
 韓国と北朝鮮の間で横田めぐみさんの夫とされる金英男と家族の面談が実現すると発表があっただけに、余計この法案は意味がある。


8日午後から委員会で質問をすることになった
2006年06月06日

 午前中特別委員会で参考人質疑。明日も午前中参考人質疑が行われる。与党推薦の参考人の方々は、想像以上に民主党案をご評価されている。大変面白い論議が深まっていく感じがする。
 8日午後から委員会で質問をすることになった。昨日から準備に入っている。

 午後から家族会の横田代表、増元事務局長、救う会の佐藤会長等が「北朝鮮人権法」について今国会での成立を。という陳情に来られる。
 私の部屋で、中川・渡辺・松原議員と面談する。残り少ない期間で、自民党案と民主党案で歩み寄りが出来るかどうか難しいところに来ている。自民党案が北朝鮮の脱北者の政治亡命を受け入れることをなかなか渋っているので難しくなっている最大の理由だ。
 横田代表のお顔を見ていると何とか成立させてあげたいと考えてはいる。


本当に長いことありがとうございました
2006年06月02日

 今日も朝から特別委員会の質疑が行われる。与党の議員の質問は民主党に集中しだした。それだけ民主党の法案に関心が高く、また民主党の法案の方が出来が良いと考えている。
 しかし、国会は小泉総理の延長せずを受けて大混乱にある。教育基本法与党案も民主党案も到底採決に至らない見通しだ。前からも主張しているように国民の幅広い論議がこれを契機に行われることを望む。

 委員会終了後、郷里名張へ急行する。名張事務所で勤めてくれた近藤さんが、前からの強い希望で5月いっぱいを以て退職されることになった。本当に長いことありがとうございました。慰労会に遅れて出席をした。


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