私の日記

2007年01月の日記

第166回通常国会開会
2007年01月30日

1月25日 国会召集される

 本日通常国会が召集された。朝、正面玄関で登院手続きをする。国会召集日は名刺を出すか名前を書くかして登院をする。僕は、初当選以来いつも名前を書いている。昨今、大半の議員は名刺を出しているようだ。衛視さんに聞くとまだ名前を書く人もいるとの事。          
 会館の部屋に寄り、事務連絡打合せをした後、常任幹事会に出席する。参議院の角田副議長の進退問題が多分、出てくるだろう。どう裁くか色々考えながら会議を始めた。議事はスムーズに進行したが、最後に岡田副代表から角田議員の問題について意見が出た。組織委員長が群馬県連(角田議員は群馬県出身選出)の昨年から続くゴタゴタの中で資料等の紛失があった等状況の説明があった。岡田副代表から委ねて強い疑義が出される。議論を打ち切らずに参議院会長に答弁を求める。
 又、鳩山幹事長からも答弁があり、執行部の責任で善処する旨、確約された。これで、ほぼ辞任の方向が固まったと考え、常任幹事会を終え、両院議員総会に出席する。この場でも横光議員から角田議員の辞職を求める意見が出された。
 1時から本会議。議席や特別委員会の設置を決めて短時間で終わる。直ちに倫理選挙に関する特別委員会に出席し、これも委員長選任等の手続きを終え、短時間で終わる。党の予算委員会の打ち合わせに出て、予算委員会の日程や質疑のあり方について話し合った。私も予算委員会で質問すべく、いくつかの項目を挙げた。
 その後、役所からの説明を聞いたり党の勉強会に出席し、夕方、ある団体の新春パーティーに出席する。その後、友人と会食したが久しぶりの東京で疲れ、早めに別れて帰った。

1月26日

 7時45分に出発で8時と9時からの党の勉強会2つに出席した。その後、厚労省援護局より中国引き揚げ孤児の援護策について聞く。24日に党の対策議連が久しぶりに開かれ、僕が責任者になった。30日に東京地裁の判決が出る。来週の代表質問の中で取り上げて要求する事を含め、僕自身も満州引揚者。少しでも力添えをと思う。
 開会式後、党の会議等に出て1時より本会議。安倍総理の所信表明他、3大臣の演説を聞く。安倍総理の所信表明は去年と違い、妙に肩に力が入り声を張り上げていたのが印象的だった。噂によるとお母さんに演説の仕方の特訓を受け、かえたということだ。内容は、イノベーションの連発、5月から〜をやる。秋には〜をやる。3年後にはこれを目指すという空しい先送りの内容も目立った。国民生活の実態を体感していないと感じながら聞いた。
 終わってから三重県の森本議員に会い、夕刻、鳩山幹事長と面談する。いくつか用件があった。朝から角田議員が辞めないし、参議院側も辞任をさせないという話が流れていたので、確かめたところ辞任する事になって、間もなく記者会見と聞いて安心した。帳簿等がなくなり十分説明出来なかったという中で、当人が今週はじめ行った記者会見はあまりにも印象が悪すぎた。記者会見は仲間内や国会内だけに通用する理屈や発想で行えば必ず国民の反発を招く。行う以上、十分な説明と謙虚な姿勢が必要なのに彼の会見は逃げと強引な打ち切りだけが目立って到底持ちこたえられないと感じていた。辞任は党にとって痛手だが、きちんとけじめをつけた。これで与党に対する攻撃も腰がひけることなく、やっていける。
 夜、海田 悠さんの写真展に行く。週刊文春に肖像画を載せて頂いてから時々、展覧会のご案内を頂く。今回はシルクロードでの写真を和紙に特殊な技法や薬を使い焼付けた独特の写真展であった。好きな作品の前でポーズをとれと言われ、何枚か撮影していただいた。その作品のお値段を聞いたら高くて、手が出なかった。
 その後、ひいきにしている蕎麦屋で知人と会食をする。この人は数年前に飲食店で何回かお目にかかり、以来ご交誼をいただいている。色々な情報や民主党に対するアドバイスをもらいながら2次会に流れた。

1月29日 小沢代表本会議質問

 昼1時から本会議。小沢代表と松本政調会長が党を代表して総理の所信表明演説に対し、質問する。小沢代表の本会議登壇は4年ぶり。小沢流で質問と言うよりも民主党の考えや政策を訴えて政府の意見を聞くというスタイルを貫くと思う。又、報じられている事務所費で秘書の宿舎等を購入建設している件は当人が今日の質問の中で明らかにすると約束しているのでこれも興味深い。
 時間前に本会議場に入ると代表が着席していたので声をかけ、激励した。相変わらずこういうのは苦手だとぼやいていた。当人は世間が考えている以上に討論したり演説したりすることが苦手というのは事実だ。他の議事を終えて質問が始まり、小沢代表はいつも通りの静かなスタイルで内政面・特に格差拡大の現状認識と対応。福祉・医療等の福祉ネットワーク再構築。財政・農業・年金政策等民主党の考えを示しながら問いかけていた。
 政治資金問題については、誰からもらい、何に使ったかを明らかにすることが大事で、自分自身の報じられている件はすべて領収書をつけて説明できる。いつでも公表する用意がある。疑惑が報じられている与党の幹部や大臣等の件も公表すべきと迫力十分に迫っていた。
 野次ごうごうでうるさかった与党席もさすがに静かにしていた。
 又、突如ふってわいた柳沢大臣の全く情けない発言についても鋭く、厚労大臣として不適切と切って捨てていた。
派手さやパフォーマンスは無いが、重厚で国民生活にとって、又、今日本にとって何が一番重要かという提言を明確に明らかにした。
 引き続いて、松本政調会長が他の問題について舌鋒鋭く、又、若手らしく爽やかに質問をした。特に久間防衛大臣の発言について中身はその通りだが、総理としてどう思うかという質し方をした。拉致問題や中国引き揚げ孤児の問題にも言及してくれてよかった。
 安倍総理はじめ政府の答弁は民主党の政策に対する攻撃ばかりで、中身は役人の作ったありきたりの文章だった。又、民主党の政策もわざと誤解をし、乱暴な批判が目立った。柳沢厚労大臣や久間大臣をかばっているのは当然としても、柳沢大臣が果たしてもつのか大きな争点になりそうだ。
 又、久間大臣のイラク大量破壊兵器がなかった点を明確に謝っておくべきだという趣旨はその通りで、日本もいつまでも多額の負担をし続けてイラクへ自衛隊を派遣し続けるのか、早く独自判断をすべき時だと思う。
 今日の議論で今国会の荒れ模様を充分予感させる本会議だった。


孫誕生・党大会開会
2007年01月18日

 4人目の孫誕生。

 正月早々、誕生予定の4人目の孫の出産が遅れていて心配したが、10日、無事に生まれたとの知らせがあった。長男の2人目の子どもで、女の子だった。孫4人、全部女の子だ。

 14日夕刻、民主党三重第一総支部役員会や新年会2つ・伊賀市での行事・名張市での行事で挨拶をし、電車に乗り上六日赤病院へ顔を見に行った。嫁も安産ですこぶる元気。子どもも大きく、3800グラムと大きく、丈夫そうな子で安心した。長女(初孫)がやきもちをやく部分とお姉さんぶりを発揮する部分と反応が色々で微笑ましかった。物騒な世の中、ただただ健康で安全な人生をと思う。

 新大阪へ出て、新幹線で上京する。駅でばったり辻恵前衆議院議員に会う。東京まで車中で色々と話をした。彼は、東大出の優秀な弁護士で、2回前の選挙で告示二ヶ月前に大阪で立候補し比例区で当選した。法務委員会や郵政民営化対策特別委員会で一緒だった。頭脳明晰・理路整然・舌鋒鋭く、政府に議論を挑んでいた。前回の選挙で落選したあと、大阪の市長選挙に立候補し、敗れた。その前後から民主党大阪府連と何かと摩擦が生じ、次の選挙への対応が党では未定になっている。こんな優秀な人を腐らせておくのはもったいないといつも思っていた。何かの機会にカンバックのお手伝いが出来たら嬉しい。


 党大会開かれる

 15・16日、党大会が千駄ヶ谷の日本青年館で開かれた。朝からしばらくぶりの会館で、たまっていた仕事や陳情事を処理し、11:30から党本部で今年初の常任幹事会が開かれた。今年は言うまでもなく、選挙の年。会合の議題も選挙だ。活発な論議で大幅に時間延長になった。特に最近の民主党のTVコマーシャルについて異論や意見が出た。僕は、自由党時代からの小沢代表のコマーシャルフィルムを見ているので、もっと刺激的でも良かったのではないかとあえて発言して会合を終えた。

 党大会前段階の各県代表者や特別代議員による議論が始まる。壇上から様々な意見を3時間にわたって耳を傾けた。TVコマーシャルに対して、批判的な意見がまた出た。少し驚いた。民主党の人達はあまりにもまじめすぎるのではないかと思ったり、僕自身の感覚が少し錆び付いているのかと思ったり悩む。しかし、TVコマーシャルがこれだけ関心と議論を呼ぶことは、悪くないと思う。その他、色々な意見が出たが、小沢代表がもっと国民の目にみえるとともに、わかりやすい政策を訴えて選挙の先頭に立つべしという議論が多く強かった。また、民主党に加入して4年目になるが、従来に比べて、現実的で地についた論議になってきていることを感じた。また女性の参加者もかなり目立つようになってきた。少しずつ民主党は大人の政党になってきていると実感をした。従来のような右左両派の議論や旧党意識からのバラバラ感がなくなり一体感が強く出てきているのも有り難い。小沢代表は去年から充分リーダーシップをとり、選挙の勝利に向かって先頭をきって頑張っているが、性格もあり、マスコミや国民から見えにくい時がある。候補者の擁立等の日々苦労や努力はマスコミにオープンではやりにくい面もある。大会でも小沢代表が姿を見せたり出したり壇上で答弁したりすることが極めて少ない。今日の答弁も担当責任者と鳩山幹事長が中心だ。小沢代表はこの間、候補者と写真を撮ったり、20いくつの県の代表者と選挙の分析を個々の面談でやっている。この辺が見えにくいといわれるところで、周りが少し工夫をする必要があるのかと思う。19:00から同ホテルで、大会出席者の懇親会があり乾杯の音頭をとった。

 大勢の国会議員が例年以上に出席し、新年の挨拶と選挙の話題で盛り上がった。沢山の候補者達から名刺を渡され、挨拶された。多士済々の有望な人材が集まり実に頼もしい。この人達が必死で戦える環境作りをお手伝いしたいと改めて思った。16日の大会は小沢代表の挨拶や来賓の挨拶、他はすべて選挙に向けての体制作りの承認で最後、知事・統一地方選挙の候補者の代表、そして全参議院選挙候補予定者が壇上に上がり、必勝の誓いをして2時間で終わった。派手さはないが、選挙の年の念頭にあたり引き締まった大会であった。小沢代表の挨拶も短かったが、政治決戦を党の先頭に立って、政治生命をかけて走り抜くと淡々と述べ、凄味がにじみ出ていた。


伊勢神宮参拝
2007年01月09日

 新年おめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。

 三が日は自宅で来客応対に明け暮れた。

 4日、朝から伊勢市に向かい、母の妹の見舞いに病院を訪ねた。暮れに見舞った時よりはるかに元気になっているのでびっくりした。面倒をみている叔母夫婦や娘も来てくれ、皆で励ました。小さい頃から可愛がってもらった叔母だけに寂しさがひとしきり募る。奇跡的に元気を取り戻してくれないかと思う。

 今日は小沢代表が伊勢神宮に初詣をする日で、三重県の民主党の国会議員も一緒に参拝をする。野呂知事も宇治山田駅で出迎えてくれて、新年の挨拶を交わす。四日は、民主党の代表は午前中に参拝し、午後から総理が参拝をするのが慣例になってきている。小泉さんは一度、6日に日にちを変えた事があった。小沢代表もあまり神社仏閣等お参りをしているという話は聞かないので、県選出の国会議員が心配し昨年11月の終わりに私が代表で参拝を要請した。快諾をしてくれたが午後からにしたいというので、総理とかち合わない日程を調整するのがたいへんだった。大変いい天気に恵まれ、大勢のご参拝の人々の中外宮・内宮と無事、厳粛に参拝をすることができた。小沢代表も大変ご機嫌よく次から次へと握手をし手を挙げ歓迎の声に応えていた。世話をした一人としてホッとした。歓迎の声の中で四分の一くらいが「健康に気を付けて。」というご心配の声があって、本当にありがたい事だ。小沢代表の顔色もよく、終わってからの記者会見も含め2時間半余り強行軍の参拝をこなしてくれた。自動車の行ききと帰りの近鉄特急で津市までご一緒して色々な話をした。愛知の知事選挙、そして東京都の知事選挙等に必死で取り組もうという選挙の話が中心だった。津市で別れ、姉の自宅へ向かう。

 姉の長男が1月からポーランドへ出向することになったので送別会かたがた挨拶に行った。年末から東京に行っていた母親も帰って来て、姉夫婦と息子一家、娘等と楽しい宴会を過ごした。私の長男の2番目の子どもの出産予定日は過ぎたが、まだ、何の兆候も無く一週間以上遅れそうだと連絡があって、みんなに報告をしたりした。

 明日から各種新年会や挨拶回りの毎日だ。今年は早いもので65歳になる。又、選挙に継ぐ選挙の年。心身共に充実して頑張る決意だ。お伊勢さんにそんな決意を込めてお参りをした。


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