私の日記

2007年06月の日記

北朝鮮人権法改正をめぐって
2007年06月19日

4月の終わりのブログで述べた様に、自民党から北朝鮮人権法の改正案が内々示されてきたのは3週間ほど前だった。しかしその中身はあまりにもあっさりとしすぎ、北朝鮮に対し圧力にもならない内容だった。民主党拉致対策本部の役員会を2回にわたり開催し、意見集約をして民主党として目的意識のはっきりとした改正案を対案として作る事にした。

この間に脱北者4人が青森に着き、県警に保護されるという事件が起きた。この応対を見ていたり、政府から話を聞くと去年作ったこの北朝鮮人権法がかなり有効に使われていることを実感した。中川正春、渡辺周2人の議員に対案作りを依頼した処、良い案が出来たので自民党との交渉を許可した。しかし、自民党の担当葉梨議員や古屋議員は民主党案は外務省をはじめ役人がのめないと言っているとの事だった。

中川昭一自民党政調会長に連絡を取り、少し政治的判断をすべきだと申し入れた。彼はもう少し現場で交渉を続けその上でという返事だった。先週火曜日、民主党として横田さん夫妻をはじめとする家族会、救う会の西岡副代表、調査会の荒木代表をお招きし意見を聞いた。同時に外務省や警察や公安庁を招き、青森の脱北者の問題やよど号事件の関係者の帰国等についても事情を聴取した。
法案については民主党案がいいが、北朝鮮に日本国内が分裂している印象を与えないようにして欲しいという要望だった。

私から政府の拉致対策本部の中山局長が参議院比例区に立候補をする動きは大変不快で民主党として厳しい対応をせざるを得ないと申し上げた。同時によど号事件の家族で帰国をした人達からの北朝鮮の情報収集が十分に行われていない事、特によど号事件の犯人の子供達19人が帰国後集団で生活をし、しばしば北朝鮮に渡っているという事実を聞き出し民主党の役員会はかなり厳しい政府批判が続いた。

夕方、中川政調会長から電話があり会いたいという。翌日の昼から会うことにした。一方、先週平沼拉致議連会長にも会い経過を報告し民主党案への理解を求めた。

水曜日、渡辺議員と共に中川氏と面談したが、向こうから「中井さんの案を丸飲みしてでも成立をはかりたい」と提案があり、案を見ると民主党案にほぼ近かったが、更に字句を訂正するなどし法文を直し、救う会等の要望も具体的に入れ、自民、公明、民主3党で成立をさせる事で一致した。

翌る14日木曜日、米公使をお招きして民主党拉致本部役員との懇談会を開催した。六ヶ国協議の再開が近いという感じを強く抱いた。拉致問題は、犯罪でありこれを徹底的に解明し犯人追及を行うのは当然だが核兵器問題は日本にとってはまた別の大きな問題ではないかという話であった。安倍内閣や外務省が口では拉致問題解決無しに六ヶ国協議の進展も無ければまして、経済的支援は行わないと言っているが、どうも違うのではないかと前々から思っているが当らずと言えど遠からずとの思いを強くした。

勿論、北朝鮮の核兵器の保有は日本の安全を脅かす大きな問題だ。アメリカ公使は今、北朝鮮は中国やロシアの核の傘の中にいないだけに余計危険だと、さかんに強調していた。

しかしイラン・イラクでの行き詰まりの中で北朝鮮政策をアメリカを大きく変えたのも事実だ。安倍政権はあくまでもアメリカは変わっていない、拉致の解決の為に日本と一緒の思いで行動してくれていると言い張っているが、現実には違う。今回の法改正を含め、日本独自で拉致問題の解決に向かい圧力を強める方法もある。これを民主党として主張し少しずつでも役に立っていきたいと思う。

突然、東京九段の朝鮮総連本部の土地の所有をめぐって公安庁緒方元長官が捜査を受けたというニュースが入る。余りにも考えられない事件で呆然とする。緒方氏は私が法務大臣を務めていた時、たしか長官であった。

公安庁は朝鮮総連を監視対象としている役所である。ミイラ取りがミイラになったというか、監視対象の北朝鮮総連から取り込まれたのかいずれにせよ公安庁の存続に関わる大問題になる。当人の談話等では騙されたと言う事の様だが、あまりにもお粗末で全く不愉快だ。

今日19日午前中、「北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会」で法案が成立。衆議院本会議で参議院に送られる予定だ。

しかし、年金問題を中心に国会は終盤大荒れの状況で、先は中々見えにくい。民主党として慎重に真正面から年金の諸問題解決に取り組む姿勢を強く出して頑張るだけだ。


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