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6月29日参議院での社会保険庁廃止法案や年金対策法案の強引な採決を受け、民主党は衆議院で内閣不信任案を提出することを朝の常任幹事会で決定した。今国会は特に与党の強引な議会運営が目立ち、民主党からも度々不信任案提出の話が出てきた。
その度に僕は高木国対委員長や鳩山幹事長に内閣不信任案の提出を軽々しく簡単に考えてはダメだと言ってきた。国会がいよいよ最終段階で年金問題に絡んで提出ということは極めて当然のことで、たいへんいいタイミングになった。夕刻早くに本会議にかけられ夜は十分帰省時間に間に合うと聞いていたが、20時からの開会になり22時の新幹線の最終に間に合うかどうかギリギリの状況になる。
翌、30日は朝8時半から高橋参議院議員の応援を兼ね一緒に国政報告会を伊賀市で3ヶ所行う予定で準備をしている。最終の新幹線に乗れなければ朝6時の一番に乗って帰省するつもりだが、それでは15分〜30分遅刻になる。地元と両方の対策を十分打ち合わせしながら本会議を待つ。
20時から本会議が始まったが菅代表代行の演説が長く、益々時間に間に合わない状態にイライラしてくる。幸いその後の進行が早く21時40分に投票の順番が回ってきた。木札で賛成票を入れ議長席の後ろの扉から許可を得て退出し、東京駅へ急いで最終に滑り込めた。名古屋から車で12時50分に帰宅。やれやれと一安心。
翌日、8時半、9時半、10時半と3ヶ所の国政報告会を予定通り行った。高橋参議院議員は参議院での法案の採決が3時半まであり遅れてほとんど寝ずに参加した。集まって頂いた後援会の皆様に呆れられたり、身体に気を付けて頑張れと励まされたりした。11時半から街頭演説を市内で行ったが、通行の顔も知らない人々から大変な激励をもらい、年金問題の国民の怒りの声の大きさに改めてびっくりした。
高橋参議院議員はその後も伊賀市市内で街頭演説を続けたが僕は津市へ走り会合で挨拶をし、再び伊賀市へ戻り2ヶ所街頭演説を行った。その後16時、17時、18時半、19時半、20時と伊賀市、名張市で国政報告会を重ねた。
大変厳しいスケジュールでの選挙に向けてのキャンペーンだが、高橋参議院議員も現職で国会日程が多くなかなか地元での選挙準備に取り組めない。僕の選挙区での日程は全部で5日間ぐらいだ。
どれだけ有効に活用できるか事務所も頭を悩ませている。朝にしろ、夕方にしろ勝手な時間に集まってくれる後援者の皆様にはいつも感謝で一杯だ。
久間発言で激震!辞職へ
1日、前日から引き続き地元で僕だけで津市を中心に街頭キャンペーンを行い、夕刻鈴鹿市。伊藤元県議会議員の叙勲祝賀会に出席した。古く懐かしいかつての支援者の皆さんに数多くお目にかかった。宴途中で退席し、7時から高橋参議院議員の選対会議に出席した。
帰宅後、テレビをつけたら小沢代表と安倍総理の討論会を放映していた。小沢代表は口が重くディベート方式の討論会等は苦手だと時々もらしている。一方、安倍総理は服装や、民主党の政策批判を含め、十分な用意と意気込みが感じられた。
年金問題で選挙予想は与党に厳しいだけに、小沢代表との比較論で活路を見い出そうとしているのがありありと感じられる。しかし、安倍総理は小沢代表と国会で討論の時もつい、肩に力が入り、小沢代表が自民党幹事長の時「どうしたのか?」とか「何々をやったではないか。」とかいつも得意気に切り込む。これは見苦しいし、聞き苦しいといつも思っている。
今回もそれは小沢代表が自民党幹事長の時とこの討論会では年金問題が中心だと思っていたら、ニュースで報じられた久間防衛大臣の発言問題が中心となっていた。
久間氏の発言のニュースを見ていると千葉の麗澤大学内での講演かと思った。僕も昔、何度かお招き頂きお話をしたことがある会場のようだ。今年の予算委員会でイラクの大量破壊兵器は無かったのを自分は知っていたと発言をした問題について僕は質問した。
頭の良い久間氏が何故、こうタイミングや立場を考えない発言をするのか、衆議院における自民党圧勝の中の油断やおごりとしか思えない。
小沢代表の追求に安倍総理は意地のように久間発言を擁護するが如き討論を行ったがこの発言は久間氏の命取りになる。
3日、自民党内や公明党の選挙キャンペーン内での久間氏に対する発言は益々厳しくなり、ついに辞表を提出した。本間氏の辞任や佐田大臣の辞任、松岡大臣の自殺、久間大臣の辞任、いずれも安倍総理の人事の不手際が目立つ。
この内閣はいよいよ持たなくなって来ていると感じているが、選挙はひと月先。途中何が起こるかわからない。民主党の支持が上がっている訳でもない中での選挙戦を必死で戦う決意で国会最終日を迎えている。
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