私の日記

2008年01月の日記

大阪敗れる
2008年01月29日

 27日、大阪府知事選挙の投票が行われ、結果は橋下候補に民主党推薦の熊谷さんが大敗をした。あんなに差が開いた事に呆然とした。

 テレビでの知名度、若さ等で差がついたのかと改めてテレビを通じた国民の知名度の高さの怖さをしらしめられた。

 一昨年、小沢代表になってから地方選の相乗り原則禁止のもと、今回の大阪の様に候補者を立て頑張ってくれる地方自治体が増えてきたし、熊谷氏のような立派な人間が立候補してくれる選挙も増えてきた。選挙だから勝ち負けは常にあるが、今回の敗北に挫けずこれからも各地区、国民の皆様に選択肢をお示し出来る様、候補を擁立する努力を続けて行きたい。

 ご支援を頂いた皆様にお詫びと感謝を申し上げます。


 国会緊迫

 補正予算の採決直前になって、政府与党は国会にガソリン暫定税率等の3ヶ月延長法案を自民党の議員立法で提出を通告してきた。何が行われるかわからない国会運営とはいえ、3月31日の年度末予算案や、法案の成立期限を俄に1月に4月から3ヶ月間延ばしてしまい、3月末から4月の政治的大議論をすべて無しにしようという、全く姑息で呆れ果てたやり方だ。

 ここ10日ばかり与党は、参議院民主党内の暫定税率維持に賛成の人数を増やすべく、暗躍していたが、造反議員は2名前後に限られてきて、頼みの綱が機能しない事を悟り、禁じ手のようなこの手法を苦し紛れにとろうとしている。

 折角、税金のあり方や使われ方について国民に十分ご判断頂ける議論をする絶好のチャンスなのに、一切議論抜きで10年先まで暫定税率を続ける事に固執している。いったん手に入れた税金は政府や地方自治体の長が当然の如く使い方を決めて、議会のチェックを中抜きにするというこのやり方は許せない。

 本日の常任幹事会で幹事長・国対委員長から情勢情勢報告を受け、満場一致で徹底的に国会の内外で闘う事を私の音頭で満場一致決めた。11年前、住専の問題で国会で座り込みをやった時を思い出した。

 今回は参議院が民主党が第一党で、戦術も幅広くとれる。それだけに国民から頂くご批判も多いかもしれないが、2兆6千億になる暫定税率を無くして、大減税と自動車関連の税制改革を行い、国民生活や景気対におおいに寄与する為に頑張る決意だ。

 夕刻、議長が両幹事長に更なる話し合いを求められ小休止になったが、国会の緊迫は増すばかりだ。


党大会、引っ越し、そして国会召集
2008年01月24日

 民主党大会が16日に行われた。民主党へ入って6度目の大会になると思うが、今までで一番、地に足の着いた議論が行われた大会だった様に感じた。
 今までの大会では代表がああ言った、こう言ったというマスコミの報道に左右された感情的な議論が多かった。
 今年はガソリン税の道路目的税廃止や暫定税率の撤廃をめぐって様々な論議が出たが、皆、地方は地方の立場の中から落ち着いた提案があった。答弁も税調会長や政調会長の数字を入れた当を得たもので面白かった。
 マスコミは去年の大連立騒ぎや小沢代表の本会議中途退席等が議論で出なかったのが物足りないとばかりに報道し、大会終了後のインタビューも批判的な言動を繰り返す人達に集中していたが目的は見え見えだ。
 今大会で全党挙げて、総選挙に向かう態勢の火蓋が切られたと思う。


 18日からの通常国会の前日に赤坂議員宿舎へ引っ越しをした。この歳になってまさか引っ越すとは夢にも思わず何の準備もせずに引っ越しを強行した為、手伝って頂いた皆さんにはご迷惑を掛けたが、無事、新しい部屋に荷物を納めた。
 設備も新しく部屋も従来より少し広いが、何となく落ち着かない。前の九段宿舎には途中落選中の空白はあったが、28年間入居していたので仕方がない。

 新住所
 〒107−0052
 東京都港区赤坂2−17−10 衆議院赤坂議員宿舎1909号室
 電話番号:03−5571−9506


 18日国会が召集され、早くも所信表明演説が行われた。21日から23日まで代表質問。
 勿論、論戦の中心は予算だが民主党提案のガソリン税の目的税を一般財源化に、又、暫定税率を廃止する税制改革に日に日に国民の関心も高まって来ている。
 一方、国交省を中心に政府の10年間延長措置に賛成の官制運動も激しさを増して来ている。政府与党は民主党内の参議院での造反議員の数を増やそうと様々な動きがあるのも事実の様だ。
 しかし、ガソリン25円・軽油17円値下げになる暫定税率の廃止は一般国民に圧倒的に支持、歓迎されている。
 各地の首長さんは税金を使う立場からの発言ばかりになっている。民主党が推薦し、当選してもらった首長さんまでが国交省や政府からの補助金の事ばかりを心配し、一般国民の生活実感や現在のガソリン高騰からくる不満を感じていないのは残念だ。
 又、民主党の今回の決定は、税制全般の見直しや、民主党としての理念の基づいた予算制度や税制の改革を提案した中の一環だ。全般を見ずに一部だけで議論を突出し、不勉強な批判をもらうのは残念だ。あらゆる機会にこれらの誤解を解きながらガソリン税や自動車税全体の不合理性や、TAXonTAXや、過重な自動車関連に関する課税実態等も含め訴えて行かなければならない。
 いずれにしても民主党の政策で、政府与党と大きな対立軸が浮かび上がってきた。参議院での勝利を基に生活第一の約束通り、一つ一つ揺るがずに政策提言を国会に出し続け解散総選挙で国民のご評価を頂くべきだ。

 
 23日参議院での本会議だけなので、早朝から大阪府知事選の応援に向かった。東京では雪がちらついたのには驚いた。
 6ヶ所の企業関係を回り、熊谷氏応援のお願いをした。俳優の藤田まことさんが今日は熊谷候補の応援に街頭に出るらしいと2ヶ所の企業で言われた。
 相手候補はマスコミで知名度があるだけに、この応援は大変心強く、又、有権者の方が非常に関心をお持ちなのでびっくりした。
 ようやく追い着いてきたと聞いているので、もう後、ひと踏ん張り。何とか当選して欲しいものだ。


臨時国会閉幕
2008年01月15日

 12日朝、大阪府堺市の教会で西村眞悟議員のご長男の痛ましい死去に伴う葬儀が行われた。西村ご夫妻を始め、ご家族の思いはいかばかりかと慰める言葉もなかった。拉致被害者家族の会の横田ご夫妻を始め大勢の方々が沈痛な思いで告別式に出席されていた。献花を終えて、山本孝史参議院議員の告別式に列席した。小沢代表他、大勢の議員も出席していた。山本参議院議員は2年前に癌の末期症状を宣告された後、命をかけて癌対策の必要を訴え、国会はその思いに打たれ癌対策基本法を制定した。去年の参議院選挙で引退し、闘病生活を送られるのかと思っていたが大阪選挙区選挙を若い候補者に譲り、比例区から出馬し命の大切さを訴え続け見事、当選された。しかしご家族の願いや我々の思いもつかの間で昨年末、58歳の若さで死去された。壮絶な討ち死にだ。ご当人は議員バッチをつけたままでの死去にある意味で満足を感じて旅立たれたかと思う。民主党はこのような立派な議員の思いを受け継ぎ、社会福祉の面で独自の政策提言と実行を続けなければならないと改めて心に誓った。

 夕刻、伊賀市の後援会新春の集いをかわきりに、3連休中、新年会や成人式等を駆けめぐる。伊賀市も津市も後援会の新年会はアルコール抜きで行ったが、みんなからは「当然でいいのではないか。」と好評で参加者も昨年より多くお越しいただき嬉しい限りだ。

 また、合間をぬって民主党三重一区総支部の衆議院選挙対策本部の役員構成をお願いし責任者に高橋千秋参参議院議員に就任していただき無事、スタートができた。11月、12月、1月と1週間に2度3度と東京と地元を往復して会合や座談会をこなしてきたし、ポスターも今までになく早く張り巡らせた。選対発足を契機に次期総選挙の準備活動に更に力を込めて行きたい。

 今日15日は臨時国会の閉幕。なんと長いしまりのない臨時国会だったか。安倍前総理から福田総理への交代、大連立騒動、給油法の衆議院3分の2での再議決等、色んな重大な出来事があったが国会全体が参議院の与野党逆転に戸惑いがあり、何となく緊張感に欠けた運営だったような気がするのは僕だけだろうか。
 民主党も政治状況を十分、活かせたかどうか反省しなければならない点も多い。給油法の衆議院での再議決の際、直前まで本会議出席していた小沢代表が投票せずに退席したのは、大阪知事選挙の応援の為、飛行機に間に合う様にしたらしいが投票時間との調整が出来てなかったミスらしい。
 しかし、こういうケアレスミスが度重なると政権交代への期待が萎んでしまう。我々、まわりの者ももっと気を配り、緊張して18日からの通常国会に臨まなければならない。


明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。
2008年01月08日

  4日、宇治山田駅に小沢代表を出迎え、県選出国会議員や県会議員共々伊勢神宮(外宮・内宮)を参拝した。小沢代表は昨年に続いての2度目の参拝。民主党はここ6年程、毎年お参りをしているが、代表が毎年交代をした為2年続けての参拝は小沢代表が初めてだ。おだやかな天候に恵まれ大変な参拝客の流れ。その中で約2時間、小沢代表はもみくちゃになって握手に次ぐ握手。声援に次ぐ声援を浴びて大きく予定がずれ込んだ。
  去年に比べ凄まじいまでの参拝の皆さんのフィーバーぶりだった。民主党に対する期待や政権交代への思いが実感できた。僕の靴もズボンも踏まれたり引っ張られたりで目茶苦茶になり、怪我人が出ないかと心配した位、皆さんが小沢代表へ激励をしていただいた。記者会見を大幅に短縮し、共に近鉄に乗り代表は東京へ、僕は津市で降り、新年挨拶回りを行う。車中、代表は右腕をさすっておられた。数年前、腕を痛められた事があり再発したのではないかと少し心配だった。

  5、6、7日と新年の行事参加と挨拶回りをし、夜は新年会回りととびまわった。名張市の中井後援会新春の集いは今年、お酒を出さずに行った。初めての試みで心配したが例年より多くの方が参加していただけた。又、津市の諸行事ではサッカーの高校全国大会で津工業高校が大変な活躍で準決勝まで進んだことを明るいニュースとして取り上げてスピーチをした。決勝には出られなかったが地域の子供達だけで、しかも四日市や伊賀地区という三重県の旧来からのサッカー王国の地域でなく、津市からこういうチームが出て活躍してくれて本当に嬉しい明るいニュースだった。新たな伝統校作りを願ってやまない。

  8日連合三重の旗開き。9時30分朝一番に挨拶だけさせていただき上京した。本会議に間に合うように配慮していただいた。薬害肝炎の法案が満場一致で採決された。夕刻、本年初の常任幹事会が開かれる。元参議院議員で新進党・自由党と御一緒した田村秀昭先生が死去され6時からお通夜に出た後、新年会2つ掛け持ちの予定。いよいよ臨時国会終盤緊迫した空気が漂い始めている。これから通常国会へと半年間大変難しい政治状況で、いつ解散になるかどうか全く読めない中で、東京と地元を行ったり来たりしながら伊勢神宮参拝で感じた御期待を裏切らない様、頑張る決意だ。


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